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2008年02月16日

●2008年2月16日●今津ひろし連合後援会農政青年部設立総会●




●2月16日(土)
今津ひろし連合後援会農政青年部設立総会を開催いたしました

ご来賓の奥野岩雄上川管内農協組合長会 会長

後援会を代表してお礼の言葉 荒井保明会長代行

鈴木雅人会長 就任の挨拶

今津ひろし連合後援会 農政青年部設立にあたって
―会 長  鈴木 雅人

 本後援会組織は、上川管内の若手農業者関係者82名(当日出席54名)が集結し、去る2月16日に設立することが出来ました。本後援会の立ち上げに際しまして、ご尽力いただいた関係者の方々、また当日ご列席賜りましたご来賓の方々に厚く御礼申し上げます。
 本後援会組織は、激動する農業情勢に対して、若い農業者が自分たちの将来に対して、また国政に対して失望や無力感を感じるのではなく、「自らが動く」「自らの意思を表明する」ということの大切さを、会員の皆さんに伝えていくことを運営の主眼としております。これは、私自身が「自らの意思が国政の場に『声』として届けられた」というまったくの偶然とも言える貴重な体験をしたことが発端となっております。 
 それは3年半ほど前、私が上川地区のJA青年部役員を務めていた頃のことですが、平成19年度より始まる「品目横断的経営所得安定対策(今は名称も変わりましたが)」の議論の真っ最中、全道のJAグループがこの政策について北海道の農業者の声を届かせようと中央要請を実施していた時のことです。
 私は、これもひょんなことからこの中央要請のメンバーに参画し、正にこれからの農業の方向性を定める中心地におりました。しかし、周りを見渡せばJAの組合長や常勤役員ばかり、青年部という肩書きの自分はただの「頭数」として入っているのだろうと冷めた考えで参加しておりました。
 その際、北海道選出の国会議員と意見を交わす機会を得ました。私は前述のような考えでおりましたが、たまたま自分と年のそう変わらない人を見つけ、話をすると、それが今津寛代議士の政策秘書をされている今津寛史氏でした。
 「自分とそう年の変わらない人が国政の場にいる」
ということにまず驚きましたが、更に話をしていると、今津代議士ご本人が私の話を聞きに来ました。
 私は若い農業者として、この基本農政の変革に対して思うところがあったのですが、周りはJAの組合長ばかり。とても言える雰囲気ではなかったのを覚えております。しかし、「こんなチャンスはない!」と思い、想いのたけをぶつけました。
 「先生、今こそ若い農業者が将来に希望を持てる政策を打たなかったら、日本の農業がダメになってしまう!今回の政策に俺たちのような『若手農業者』を育てようという視点を是非盛り込んで欲しい!」
 この時には自分の意見を「伝えることは伝えた」という想いよりも、今時の若者が持つような「どうせ言っても変わらないんだろう」という冷めた感情の方が大きかったと思います。
 一夜空けて翌日、北海道のJAグループ全体の集会の折、朝一番で開催されている自民党の小委員会の内容が、JA北海道中央会の担当者より報告されました。この小委員会での議論の結果が法案として形作られると聞いておりましたが、その中で…
 「今津代議士より『若手農業者に対する視点を盛り込むべき』との発言が…」

 「言えば声を聞いてくれる地元の代議士がいる」「自分のような若い農業者の声を国政に届けてくれる代議士がいる」という意識を強く持つようになったのは、この体験があったから。逆に「言わねば届かない」そして「言うなら自分だけではなく、若い農業者皆さんの声を」という想いが強くなりました。

 「地元の声を聞いてくれる与党の代議士がいる」という環境を作り上げたのは我々の親の代であることは疑いがありません。しかし、その環境も我々若手農業者が支えていかなければ、次へと繋がらないのです。
 「国政に自分たちの『声』を届けてくれる」今津代議士を支えるとともに、自分たちもまた「自分たちの『声』」を形にして今津代議士に伝えることを学んでいかなければなりません。
 歩き始めたばかりの組織ではありますが、今津代議士を支えようという熱意は誰にも引けを取らない、そのような組織でありたいと思っております。先輩諸氏の皆様方には、今後のご指導・ご鞭撻を心よりお願い申し上げ、設立にあたってのご挨拶とさせていただきます。