自民党新総裁が決定いたしました

平成24年9月26日(水)

 
自民党安倍総裁が誕生いたしました。 決選投票が行われたのは40年ぶり、再登板は初めてのことでした。

私は総裁選挙管理委員会委員を務め、「日本を取り戻す」と大きく書いた総裁選のポスターも、各種会見の設営も、インターネットでの討論会も私の責任で企画いたしましたが、同時に各候補者の推薦人になることや、また、表立って特定の候補を応援することも禁じられる立場でした。


 

安倍晋三先生の当選については「一度投げ出した人」との評がありますが、体調をしっかり整え、批判を甘んじて受ける覚悟、それを上回る「国を立て直す先頭に自分が立つのだ」という気迫のこもった演説と「安定感」が国会議員の評価を受けたものと思われます。

北海道出身の町村信孝先生。
中川一郎さん以来の我が北海道の候補です。私は選管委員でしたが、敢えて自民党北海道第6選挙区支部長会議、緊急今津ひろし後援会役員会を開催し、2年前の繰り上げ当選の経緯を説明し町村候補へのお願いをいたしました。
残念なことに病気の為、闘い半ばで戦線離脱。地元札幌大通りでの街頭演説姿が見えず、又、投票が行われた26日党本部の会場に車いすで参加された先生の姿を拝見し、先生の心境を思うとき、熱いものを感じざるを得ませんでした。
一日も早く回復をお祈りいたします。

石破茂候補は党員の支持を55%も受け、圧倒的な強さでした。
石破先生は全国の同志の応援、大会などを積極的にこなし、地方の議会議員と交換した名刺が2000枚以上あったといいます。
防衛・外交を中心に国家の在り方を問う氏の演説にも胸をうつものがあり、全国的石破待望論がありました。惜しむらくは、普段もう少しグループ以外の国会議員と少しずつつきあっていれば、と思います。

石原伸晃候補は本命でしたが、マスコミによって一方的にイメージを悪くされてしまったという気がします。そもそも谷垣前総裁が立候補を断念したのは誰のせいでもなく、本人の決断であり、「絶対に出て戦うという意欲」が他の候補、とりわけ石原氏より劣っていたにすぎないのではないかと思います。石原先生は今回の苦杯を率直に受け止め、次を目指し、戦略をたて、全国のいたるところで一人でも多い人と会い、語る日を大切にしてほしいと思います。
 
林芳正候補の経済を語る言葉は自信に満ち溢れていました。我が党の人材の多さをみせ、次世代のホープと誰もが認識したことだと思います。

さて、谷垣前総裁は、2人の内閣退陣を実現、2010年参議選、2011年地方統一選を勝利させ、政権奪還の一歩手前まで持ち込んだ実績は本当に大きいものです。
「これからは影の人」などとは言わず、党の先頭に立ち続けていただきたいと願います。

それにしても、マスコミの石原候補に対するバッシングは異常だったのではないでしょうか。
マスコミに対する策、大きな課題として残りました。