2007年09月21日
2007年09月04日
●《第33回日韓議連9月2日~9月3日(ソウル)に参加して》
| 9月2日(日)
8:20 羽田発
10:35 金浦着
19:30 林采正国会議長主催夕食会
9月3日(月) 9月4日(火)
日本・韓国を一年おきに開催場所される日韓議連。 安保委員会では主に北朝鮮の核問題・拉致、 総会では、以下について議論を集約、共同声明を発表した。 森喜朗代表をはじめ超党派の日本側国会議員団は 私は安全保障委員会での議論の中で過去の扉は閉じたままで未来への扉だけを開ける―と前向きな未来志向を目指す言葉を思い出し、どうかそのような気持ちになれないものかと思わずにはいられなかった。 ―ひろし記
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2007年07月30日
●選挙を終えて
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歴史的な大敗!残念・衝撃の参院選結果であった。 わが党は改選64議席のうちわずか37議席を確保したのにとどまった。 前・元議員、新人27人の同志が、民主党の大躍進の前に涙をのんだ。 非改選と合わせた総議席は、公示前の110から83に大幅減少し、民主党に第一党の座を明け渡した。 衆議院でわが党は、圧倒的多数の議席を持っているとは言え、今後の議会運営が思いやられる。 こうした中で、わが党公認の伊達忠一さんが北海道ブロックで再選を果たし、比例代表では、 前道連会長の橋本聖子さんが三選されたのは、救いであった。 だが、投票結果をみるまでもなく薄氷を踏む戦いであった。 「勝った」というより、むしろ「かろうじて議席を守った」と言ったほうがいい。 それにしても党員、党友の皆さんの頑張りに心から感謝したい。 閣僚の相次ぐ失言と不的格な対応、社会保険庁を中心とした年金不信の高まり、 政治とカネをめぐる問題の不明瞭さなどのほか、さまざまな分野の格差問題もあった。 それらに対する有権者の怒りがわが党を直撃したと言える。 とは言うものの、敗北の要因とされた問題について、本質的な論議が行われたかどうかは、 はなはだ疑問である。マスコミや評論家の責任も大きいが、実はほとんど表面的な事象にとらわれ、 政局論議に終始したというのが実態だろう。 例えば、民主党のマニフェストについて、きちんと検証した報道や論評は皆無に等しかった。 また、社会保険庁の腐敗体質に鋭いメスを入れることも解決策を示すこともなく、 現象だけを挙げつらい、不安を煽った。 もちろん政府・与党の責任を免れるものではないが、 民主党の組織母体にもなっている職員労働組合の実態などは、有権者にほとんど知らされなかった。 まず大切なのは、敗因を厳しく分析し、反省すべき点は猛省することである。 その上で、党の最優先課題である政策の再点検と再構築を急ぐべきだろう。 引き続き行財政改革をはじめとした改革路線は当然継続する必要がある。 しかし、厳しい地域間格差にさらされている本道の実態を考えれば、地域と人に優しい政策が不可欠だ。 特に立ち遅れている社会資本整備は、避けて通れない。 党の日常活動に抜かりはなかったか。 選挙の戦略・戦術は確かだったか。組織・機構は的確に機能したか。組織の規律に違反はなかったか。 私が、開票後の記者会見で「道連改革にすぐ取り組まなければだめだ」と言ったのは、そういう意味である。 私は、今、道連結成時の原点を思い起こしている。 社会党が主導していた当時の田中敏文知事の偏向道政に対して敢然と立ち向かい、 やがて町村金五先生を知事に当選させるとともに、道連体制の基礎を固めたあの熱い先人たちの思い。 真摯に、そして毅然と―その精神が草創期のわが党にあふれていた。
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2007年06月09日
●道連会長就任挨拶
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橋本聖子前会長の後を引き継いで、自民党道連の会長に就任しました。至らない面が多々あろうかと思いますが、自民党を支える党員・党友の皆さんのお力をお借りしながら、新執行部が一丸となって道連の発展のために全力を尽くす覚悟です。 自民党道連会長 |
2006年09月20日
●ヒロシイズム
ヒロシイズム
今津ひろしの主張
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2006年9月20日(水)
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昨日、14:00より自民党本部にて自由民主党総裁選挙議員投票が行われました。 ○北海道ブロック党員投票開票結果
上記の結果で、安倍晋三氏が自由民主党第21代総裁に選任されました。 |
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2006年1月1日(日)
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あけましておめでとうございます 2006年の決意 私達夫婦は共に昭和二十一年生まれで、おかげさまで健康のうちに還暦を迎えることができました。 昨年九月の総選挙で自民は二九六議席と圧勝、単独過半数を得ました。 が しかし、我が北海道が十二の選挙区でわずか四勝と惨敗。 今年は知事選、統一地方選挙を目前にし自民党道連の再建に奔走する一年としなければなりません。 北海道で一番の銀行が、一番のゼネコン、そして一番のデパートが破綻した通
り、回復しつつある他都府県と比べ、依然として厳しく低迷しています。中でも道北は深刻です。 私は今、自身に問います。 自分は今、果たして公の為だけにではなく自分の為に行動している「こと」がないだろうか・・・と。 私はこの一年間の成すべきことを考えました。 【1】北海道とりわけ愛する選挙区である道北の為に必要な事業の予算の獲得、事業の推進に全てを尽くし「北海道の今津 寛」として責任を担います。北海道の景気回復、活性化の為に頑張りぬ きます。 【2】次世代の「日本」の為に食糧基地北海道の役割が大切です。又、環境保全の為にも、農林水産業を担う若い人達が国家に貢献していると誉りをもって継いでいけるように道代議士会の一次産業担当して全力投球をいたします。 【3】「義理と人情」を重んじる日本人は一体何処へいってしまったのでしょうか。「今こそ、日本人であることに誉りと自信を持つ」ことが大切です。 【4】平成十五年復帰後、党国防部会長・防衛庁副長官の任を拝命したことを天命と自覚し、又 痛ましい事件がおきないよう「国と国民の安全と安心」に生涯をかける礎の年といたします。 【5】次の選挙に勝ち抜くために日頃どうあるべきなのか。地道な国政報告と同時に一人でも多く、後援会の輪を広げられるよう汗をかく事を怠らない等を重点に一日一日を大事にしながら頑張っています。「努力は裏切らない」と信じます。 どうか本年も旧に倍してご指導賜りますよう「今津ひろしに力を」お与え頂きますようお願いいたします。 懸命に前を向いて走り続ける今津ひろしでありたいと何時も思っています。 自由民主党国会対策副委員長 |
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2005年11月6日(土)
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防衛庁副長官の任を了えるにあたって 去る十一月二日午前、私は十三ヶ月勤めた防衛庁副長官の離任式に臨んだ。慰霊碑に献花、そして記者クラブでのお別 れ記者会見、事務次官、統合幕僚会議議長を始めとする幹部の方々の挨拶を受け、いよいよ最後の儀仗栄誉礼を受ける。私に暖かいご指導をいただいた多くの防衛庁幹部、何時もハツラツたれと激励してきた陸海空の隊員の諸君、資料づくりを始め私を支えてくれた内局の諸君、いったいどれだけの方々が私を見送ってくれたのだろうか。拍手と敬礼の輪をくぐり、正門前で副長官室で私の身の回りの世話をしてくれた山口さんから花束をいただき、私は胸を張って市ヶ谷の防衛庁を後にした。 離任にあたっての記者会見で私は 1.昨年九月三十日(私の五十八歳の誕生日)に防衛庁副長官を拝命して以来今日まで十三ヶ月、大野功統長官の下で懸命に我が国防衛の一翼を任ってきたことに誇りをもっている。 などと語った。 多くの隊員の拍手と敬礼を受けて私は少し涙ぐみながら「ここに必ず戻る決意」をして防衛庁を去った。 衆議院議員 今津 寛 |
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2005年9月16日(金)
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第44回衆議院総選挙を終えて 長い間ヒロシイズムの更新が遅れておりました事お詫び申し上げます。 1)第44回衆議院総選挙において、私は自由民主党公認北海道比例区候補として4期目
の当選を果たす事が出来ました。ご支援頂いた皆様に心からお礼を申し上げます、ありが
とうございました。 2)本日、札幌で挨拶廻り。北農中央会へお邪魔した際、北海道で農業に熱心であった代
議士がこの度の選挙で少なくなってしまい、特に稲作地帯は今津一人になったので、今後
はしっかり農政を!との発破をかけられ、改めて自分の立場を考えたとき、これまでも当
然しっかり取り組んできたが、今まで以上に農業に力を入れなければと決意した。 3)21日から特別国会が始まる。郵政改革法案と同時に防衛庁管轄では、インド洋で給 油作業をする、テロ対策特別措置法の延長も法案として提出が決まった。国民の関心もあ り、心を引き締めて国会の審議に望まなければと気を引き締める。 当選4期を果たすことが出来た私はもはや若手ではないし甘えは許されない。中堅として 外交・安全保障のみならず、農業、憲法、教育等のあらゆる分野においても努力していか なければならない。北海道においては道連会長代行として、先ず北海道経済の活性化を図 ると同時に、知事選・札幌市長選などの選挙で「いかにして勝つ体制を創るか」が重要課 題である。道6区では2分の1から1分の1になった責任の重さを感じながらしっかり頑 張っていく決意である。 |
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2005年5月10日(日)
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駐日王毅中国大使の講演 すでに大きく報道されているが4月27日(水)午前8時、自民党本部702号室に於いて「アジアにおける共同体の形成に向けて」のテーマで王毅駐日中国大使の講演があった。
・ 日本は頭脳と経済力に優れるが、中国は他の国との良い関係、マーケット性、そして、労働力などに特色があり、脅威ではではなく、お互いのパートナーシップが不可欠。 |
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2005年4月20日(水)
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自民党道連会長代行就任にあたっての経過報告
3月18日自民党本部にて北海道代議士会に開かれました。 |
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2005年2月7日(月)
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スマトラ沖大地震及びインド洋津波被害の現地視察報告 昨年末、インド洋沖で地震と津波が発生、かって経験のない犠牲者約28万人(行方不明者含)規模の被害を出し、我が国も多くの尊い犠牲者を出した。
目的は 又、タイ国ウタパオ海軍基地司令官ニッコム少将は、日本のたかなみを始め、海上自衛隊が、インド洋でのテロ対策支援の帰路、被害者の遺体収集を他国に先駆けて、いち早く展開した事に対する厚い謝辞があり、米軍撤収後も自衛隊は基地を充分に活用して欲しい旨の話があった。
インドネシアのバンダアチェ津波の高さは35m以上もあり、海岸線より4km以上も被害を受け、未だに家屋の復旧も手が付けられず、人々は仮説のテントで寝起きしている。 我が国はここで、防疫、医療活動さらに航空輸送支援を行っている。マラリア等の二次災害の恐れが懸念されたが、今のところ最悪の事態を回避出来ているのは、我が国の防疫作業の効果
がたぶん大きかったのではと思われる。
夜は護衛艦「くにさき」に泊る。
6時45分より甲板で副長官訓示。
日本の5億ドルを始め、実に多くのの支援があるはずなのに、そのお金を使って早く復興作業をしたらよいのにと・・・・・・・・。 帰路那覇空港へ向うタイ上空、空自U4機上にて |
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2005年2月4日(金)
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| 補正予算が成立し、2月2日(水)より予算委員会が始まった。 平成17年、84兆円のわが国の予算について白熱した議論が交わされる。 総理は勿論全大臣出席のもとで、TVカメラがまわり、いやがうえにも盛り上がる。 小泉総裁は郵政改革に力を入れるが、国民が早期実現を求めている政策課題は 1.「年金・福祉制度改革」(76.1%) 2.「景気・雇用対策」 (69・7%) 3.「治安・災害対策」 (51.8%) などが上位を占め、郵政民営化については25.7%で8位であった。 総理の意気込みと国民のズレが気になる。これほど離れていたとは...。 旧橋本派と日本歯科医師会、いわゆる政治とカネの問題で野党民主党が政府を攻めれば、自民党も旧自由党の政党助成金の収支問題や、山梨教職員組合の選挙の関わり等について激しく応酬。 3日(木)には私も質問をうけた。 「旧橋本グループの一員として、いわゆるモチ代、氷代を受け取っているか。 届出がだされているか。今津防衛副長官に問う。」との民主党議員からの質問。 安全保障委員会やイラク特委などでは大臣に代わって、幾度と答弁をしているが、予算委員会の総括での答弁は初めて。 きっぱりと「法に沿って届出をして、適正に処理をしている。」と答えた。 それにしても一日、7時間~7時間半も座りっぱなしはやはり疲れる。 今日(4日)夕刻より、タイ・バンコック経由でウタパオ、そしてインドネシアのバンダ・アチェを訪れる。 スマトラ沖地震、インド洋沖津波による被害の復旧と被害者の医療支援等に活躍する陸・海・空の三自衛隊の活躍の模様を視察するとともに現地の国連、米軍、インドネシア政府、軍の司令官とも直接対談、支援の内容、方法、期間等について協議する為だ。 身体に気をつけて、しっかりと役目を果さなければいけない。 |













