"hiroshi-I-sm"のタイトル一覧(10件)

2007年09月21日

●自由民主党総裁選についてのご報告

9月23日(日)に実施される自由民主党総裁選についてのご報告
                             ―衆議院議員 今津 寛―


9月18日(火)に地元旭川にて今津ひろし後援会主催の大収穫祭が催されました。
親子連れを含む1500人以上の人々が集まり、ゲームに抽選にと大盛会でした。
伊達忠一参議員議員、杉村太蔵代議士も応援にかけつけていただきました。

収穫祭開会前の午後5時より緊急役員会を開き私は総裁選に臨むにあたり
私の一票は福田康夫候補に行使しようと考え、
以下の経緯と理由を説明し了承されました。

  1. 平成研究会に所属している私は額賀福志郎代議士が立起するべく期待をし、額賀代議士からも強い意欲を感じ取っていましたが13日(木)午前、福田氏と対談し政策を共有することを確認した上で福田氏と共にその実現に全力を尽くすこととし、立候補を断念されました。
  2. 平成研究会は直ちに総会を開き、福田氏を支持することを津島会長より提案され、その通り決定されました。
    私はグループの事務局長代理であるのでこの決定に従うべきであると考えました。
  3. 安倍総裁辞意により厳しい批判を受けている自由民主党は何よりも先ず、国民の皆様にしっかりと反省とお詫びをしなければなりません。
    当然、選挙の顔として安倍総裁を創った私も含む党の責任が問われます。
  4. なんでも反対の民主党、選挙に勝つ為に年金・農業など実現不可能なマニフェストを平気で国民に示し何ら恥じない民主党には政権担当能力があるとは思われず、今後も自由民主党中心の政権を継続することが我が国の国益につながると信じます。
  5. 麻生氏の燃えるような情熱には敬意を表し、人柄も素晴らしいと充分承知していますが、福田候補も総合的に安定しており、国民の期待も意外ではありますが麻生候補より強いようです。


また、自由民主党道連においても9月13日(木)代議士会を東京で、緊急役員会を札幌で相次いで行い、道内全ての党員、党友(約42,000人)に往復葉書を送り、あらかじめ党員の意思を確認し、ドント方式で地方票(3票)の行く先を決めることになりました。
しかし、その結果を事前に公表することはならずと党の選挙管理委員会から指示がありますが、納得のいかない点であります。

2007年09月04日

●《第33回日韓議連9月2日~9月3日(ソウル)に参加して》



9月2日(日) 8:20  羽田発 10:35 金浦着 19:30 林采正国会議長主催夕食会

9月3日(月)
7:30~  合同運営委員会
9:00~  開会式・全体会議
10:00~ 各分科委員会 午前の部
12:00~ 宋旻淳外交通商部長官主催昼食会
15:00~ 各分科委員会 午後の部
17:10~ 全体会議 共同声明採択 閉会式
18:00~ 共同記者会見
18:30~ 文喜相韓日議員連盟会長主催夕食会

9月4日(火)
10:10 金浦発
12:55 札幌着


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以下、代議士による総会の報告を記載いたします。
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日本・韓国を一年おきに開催場所される日韓議連。
今年は大統領選挙を数ヵ月後に控えている韓国ソウルで開催された。
日本側の会長は森喜朗元総理。
私は運営幹事に就いているが、河野洋平衆議院議長の祝辞を代読すると共に
船田元安保外交分科委員長の代理という立場で参加した。

安保委員会では主に北朝鮮の核問題・拉致、
さらに10月2日から開催される南北首脳会談と東アジアの安定について意見交換をした。
私は南北・韓半島が核を放棄して統一されることが望ましいと発言した。
また、6カ国協議ではまず核問題を解決し、その上で拉致問題をという韓国側の主張には反論し、
日本の認識は拉致と核を6カ国協議を通じて同時に解決されるべきとも主張した。

総会では、以下について議論を集約、共同声明を発表した。
・日韓両国でのFTAの締結
・韓国の慢性的な対日貿易赤字について
・朝鮮通信使400周年記念行事について
・日韓両国を担う若者間の分化・スポーツ・教育などの交流
・在日韓国人の地方参政権について

森喜朗代表をはじめ超党派の日本側国会議員団は
3日15時に青瓦台を訪れ盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領を表敬した。
そこで大統領は、任期は残り6ヶ月となったが野党が多数になったり北の核実験などで苦労が多かったこと、
日韓問題については過去の問題など多くのことに触れ、驚くほど率直に自身の考えを述べていた。

私は安全保障委員会での議論の中で過去の扉は閉じたままで未来への扉だけを開ける―と前向きな未来志向を目指す言葉を思い出し、どうかそのような気持ちになれないものかと思わずにはいられなかった。

―ひろし記



2007年07月30日

●選挙を終えて



歴史的な大敗!残念・衝撃の参院選結果であった。
わが党は改選64議席のうちわずか37議席を確保したのにとどまった。
前・元議員、新人27人の同志が、民主党の大躍進の前に涙をのんだ。
非改選と合わせた総議席は、公示前の110から83に大幅減少し、民主党に第一党の座を明け渡した。
衆議院でわが党は、圧倒的多数の議席を持っているとは言え、今後の議会運営が思いやられる。
こうした中で、わが党公認の伊達忠一さんが北海道ブロックで再選を果たし、比例代表では、
前道連会長の橋本聖子さんが三選されたのは、救いであった。
だが、投票結果をみるまでもなく薄氷を踏む戦いであった。
「勝った」というより、むしろ「かろうじて議席を守った」と言ったほうがいい。
それにしても党員、党友の皆さんの頑張りに心から感謝したい。
閣僚の相次ぐ失言と不的格な対応、社会保険庁を中心とした年金不信の高まり、
政治とカネをめぐる問題の不明瞭さなどのほか、さまざまな分野の格差問題もあった。
それらに対する有権者の怒りがわが党を直撃したと言える。
とは言うものの、敗北の要因とされた問題について、本質的な論議が行われたかどうかは、
はなはだ疑問である。マスコミや評論家の責任も大きいが、実はほとんど表面的な事象にとらわれ、 政局論議に終始したというのが実態だろう。
例えば、民主党のマニフェストについて、きちんと検証した報道や論評は皆無に等しかった。
また、社会保険庁の腐敗体質に鋭いメスを入れることも解決策を示すこともなく、
現象だけを挙げつらい、不安を煽った。
もちろん政府・与党の責任を免れるものではないが、
民主党の組織母体にもなっている職員労働組合の実態などは、有権者にほとんど知らされなかった。
まず大切なのは、敗因を厳しく分析し、反省すべき点は猛省することである。
その上で、党の最優先課題である政策の再点検と再構築を急ぐべきだろう。
引き続き行財政改革をはじめとした改革路線は当然継続する必要がある。
しかし、厳しい地域間格差にさらされている本道の実態を考えれば、地域と人に優しい政策が不可欠だ。
特に立ち遅れている社会資本整備は、避けて通れない。
党の日常活動に抜かりはなかったか。
選挙の戦略・戦術は確かだったか。組織・機構は的確に機能したか。組織の規律に違反はなかったか。
私が、開票後の記者会見で「道連改革にすぐ取り組まなければだめだ」と言ったのは、そういう意味である。
私は、今、道連結成時の原点を思い起こしている。
社会党が主導していた当時の田中敏文知事の偏向道政に対して敢然と立ち向かい、
やがて町村金五先生を知事に当選させるとともに、道連体制の基礎を固めたあの熱い先人たちの思い。
真摯に、そして毅然と―その精神が草創期のわが党にあふれていた。


―ひろし記


2007年06月09日

●道連会長就任挨拶



 橋本聖子前会長の後を引き継いで、自民党道連の会長に就任しました。至らない面が多々あろうかと思いますが、自民党を支える党員・党友の皆さんのお力をお借りしながら、新執行部が一丸となって道連の発展のために全力を尽くす覚悟です。
 さて、道内におけるわが党の党勢は、近年ジワジワと退潮傾向にあります。この緩慢な危機を乗り切り、新しい自民党道連を構築するためには、大胆な組織・機構改革が必要です。
 その第一歩として「道連改革」を実行したいと考えています。道連の政策・組織・広報はもとより、友好諸団体との関係、党活動、議会活動など党務全般にわたる総点検と見直しが必要であり、早急に作業に着手するため「道連改革実行本部」(仮称)を設置します。
 道連と選挙区支部、道連と札連との組織・機構のあり方、党員・党友拡大運動の新たな推進、市町村合併の進ちょくに伴う単位支部のあり方など、手掛けなければならない問題は山積しています。
 また、これからの道連を担っていく若手・中堅の政治リーダーを、中長期的な視野に立って育成し、併せて自民党を支える方々の勉強の場となる、北海道の「自民党政治大学校」を来年の4月開校をめどに創設したいと考えています。
 2つ目は次期衆議院選挙に勝つ体制を構築することです。まず4つの空白区の候補者・支部長を早急に選出しなければなりません。地元の意向を踏まえて十分に調整をし、秋をめどに選出の作業を進めます。
 本道には、来夏の北海道洞爺湖サミットをはじめ道州制特区の推進、過疎地の社会保障や財政問題、新幹線をはじめとする高速輸送の問題など政策的に取り上げなければならない課題がたくさんあります。これを実現するためには、政権与党である自民党の政治力が必要であり、次の選挙は必ず勝たねばなりません。私は勝利のために先頭に立って駆けていきたいと思っています。
 喫緊の課題は参議院選挙の必勝です。北海道選挙区で再選を目指している伊達忠一参議ために、皆さまのお力添えをいただきたい。また、比例区の橋本聖子参議や自民党を支えている各立候補予定者の方々にもご支援をいただきたい。3年前の参院選は比例区で15人しか当選することができませんでしたが、今回は一人でも多く当選者の上積みを目指します。
 最後になりますが、私は問い掛けたい。自民党の党員であることに誇りを持っていますか。次代の北海道の子供たちに素晴らしい大地を創造する、今の仕事に誇りを持っていますか。
 大変ご苦労をかけますが、全員野球で参議院選挙の必勝、道連改革、衆議院の勝利に向けて、みんなで頑張っていきましょう。

自民党道連会長
今津 寛


2006年09月20日

●ヒロシイズム


ヒロシイズム

今津ひろしの主張

2003年 活動日記

2004年 活動日記

2006年9月20日(水)

昨日、14:00より自民党本部にて自由民主党総裁選挙議員投票が行われました。

○北海道ブロック党員投票開票結果

選挙人数
37,433人
投票総数
22,201票
投票率
59.31%
有効投票数
22,155票
無効投票数
46票

候補者名
得票数
党員算定票
安倍晋三
12,831票
5票
谷垣禎一
4,336票
2票
麻生太郎
4,988票
2票
合計
22,155票
9票


○党員投票、議員投票結果

候補者名
議員投票
党員投票
総計
安倍晋三
267票
197票
464票
谷垣禎一
66票
36票
102票
麻生太郎
69票
67票
136票

 

上記の結果で、安倍晋三氏が自由民主党第21代総裁に選任されました。
私、今津ひろしは、若さ、可能性に期待する意味で安倍候補に一票を投じさせて頂きました。
総裁選後に行われた両院議員総会であいさつした安倍新総裁は 「自民党は立党以来51年間、豊かで平和で、自由と民主主義の基盤の上に世界に貢 献する日本をつくってきた。
困難のなかで正しい判断をし、勇気をもってたじろがず に党を導いてきた歴代の総裁と同じように、私も正しい方向にリーダーシップを発揮 する」 と決意を表明をされました。
26日の臨時国会での指名を受け、新内閣を発足させることになりますが、 景気・雇用の回復、地方に目を向けた政治の実現に向け、いち自民党所属の議員とし て、 私自身も新総裁を盛り上げて行きたいと思う所存でございます。

2006年1月1日(日)

あけましておめでとうございます

2006年の決意
新年のお慶びを申し上げます。

私達夫婦は共に昭和二十一年生まれで、おかげさまで健康のうちに還暦を迎えることができました。
ご支援ご指導いただいた皆様に「おかげさまで」と心からお礼を申し上げます。

昨年九月の総選挙で自民は二九六議席と圧勝、単独過半数を得ました。

が しかし、我が北海道が十二の選挙区でわずか四勝と惨敗。
金田英行氏もわずかの差でおよびませんでした。私は党道連会長代行としての責任を自覚しているところです。

今年は知事選、統一地方選挙を目前にし自民党道連の再建に奔走する一年としなければなりません。

北海道で一番の銀行が、一番のゼネコン、そして一番のデパートが破綻した通 り、回復しつつある他都府県と比べ、依然として厳しく低迷しています。中でも道北は深刻です。
二〇〇五年国勢調査によると私の選挙区、上川管内をみても東神楽町など一部を除いて大半が人口減五年間で一二〇〇〇人の減となり私達のふるさとは本格的な人口減少化の突入いたしました。

私は今、自身に問います。
北海道六区選出衆議院議員として、今、何を考え、どう行動しなければならないのか・・・
と。

自分は今、果たして公の為だけにではなく自分の為に行動している「こと」がないだろうか・・・と。

私はこの一年間の成すべきことを考えました。

【1】北海道とりわけ愛する選挙区である道北の為に必要な事業の予算の獲得、事業の推進に全てを尽くし「北海道の今津 寛」として責任を担います。北海道の景気回復、活性化の為に頑張りぬ きます。

【2】次世代の「日本」の為に食糧基地北海道の役割が大切です。又、環境保全の為にも、農林水産業を担う若い人達が国家に貢献していると誉りをもって継いでいけるように道代議士会の一次産業担当して全力投球をいたします。

【3】「義理と人情」を重んじる日本人は一体何処へいってしまったのでしょうか。「今こそ、日本人であることに誉りと自信を持つ」ことが大切です。

【4】平成十五年復帰後、党国防部会長・防衛庁副長官の任を拝命したことを天命と自覚し、又 痛ましい事件がおきないよう「国と国民の安全と安心」に生涯をかける礎の年といたします。

【5】次の選挙に勝ち抜くために日頃どうあるべきなのか。地道な国政報告と同時に一人でも多く、後援会の輪を広げられるよう汗をかく事を怠らない等を重点に一日一日を大事にしながら頑張っています。「努力は裏切らない」と信じます。

どうか本年も旧に倍してご指導賜りますよう「今津ひろしに力を」お与え頂きますようお願いいたします。 懸命に前を向いて走り続ける今津ひろしでありたいと何時も思っています。

自由民主党国会対策副委員長      
衆議院議員          今津 寛

2005年11月6日(土)

防衛庁副長官の任を了えるにあたって

去る十一月二日午前、私は十三ヶ月勤めた防衛庁副長官の離任式に臨んだ。慰霊碑に献花、そして記者クラブでのお別 れ記者会見、事務次官、統合幕僚会議議長を始めとする幹部の方々の挨拶を受け、いよいよ最後の儀仗栄誉礼を受ける。私に暖かいご指導をいただいた多くの防衛庁幹部、何時もハツラツたれと激励してきた陸海空の隊員の諸君、資料づくりを始め私を支えてくれた内局の諸君、いったいどれだけの方々が私を見送ってくれたのだろうか。拍手と敬礼の輪をくぐり、正門前で副長官室で私の身の回りの世話をしてくれた山口さんから花束をいただき、私は胸を張って市ヶ谷の防衛庁を後にした。

離任にあたっての記者会見で私は

1.昨年九月三十日(私の五十八歳の誕生日)に防衛庁副長官を拝命して以来今日まで十三ヶ月、大野功統長官の下で懸命に我が国防衛の一翼を任ってきたことに誇りをもっている。
2.副長官として20ヶ所以上の駐屯地、部隊を視察し、若い隊員と「明日の日本の防衛」を共に語り、又 悩みなどを聞かせていただいた。
3.同時に本年二月のインドネシアの津波の際には日本国を代表しバンダアチェの現地に渡り、自衛隊員の派遣の期間や、内容について調整の任にあたった。又、五月にはインドを訪問し東アジアに於ける安全保障を専任大臣等と語り合うことが出来たことは貴重な経験であった。
4.薬物事犯など防衛庁では不祥事が続いた。一連の不祥事について対策責任者そして綱紀粛正の先頭に立ったが、非常に残念なことであった。
5.一つ心残りがある。派遣隊員が厳しい環境の元で歯を食いしばって健闘している、イラクのサマーワに結果 として足を運ぶことが出来なかったこと。現地の風呂で隊員の背中を流しながら労に感謝の言葉をかけたかった。額賀新長官、木村副長官には出来るだけ早くシビリアンのトップとして現地を訪問していただきたいと思う。
6.日米両国の同盟を前提に極東に於いても米軍の再編、トランスフォーメーションが進められている。 沖縄・岩間・座間・横田など。北海道では千歳。
三月にある日米安全保障会議の最終報告までに地元の方々の理解を得ることは大変な努力を必要とするであろう。しかし何としても成し遂げなければならない。私もその為に汗をかこう。

などと語った。

多くの隊員の拍手と敬礼を受けて私は少し涙ぐみながら「ここに必ず戻る決意」をして防衛庁を去った。

衆議院議員 今津 寛

2005年9月16日(金)

第44回衆議院総選挙を終えて

長い間ヒロシイズムの更新が遅れておりました事お詫び申し上げます。

1)第44回衆議院総選挙において、私は自由民主党公認北海道比例区候補として4期目 の当選を果たす事が出来ました。ご支援頂いた皆様に心からお礼を申し上げます、ありが とうございました。
 又、自民党は296人の当選で単独過半数を得、自公連立与党で3分の2を超えました。 これは意図さえあれば全ての予算・法律案を議択出来る数字になります。我が党そして国 民が望んでいる自主憲法の制定にも一歩近づいたとも言えますが、国民の声をしっかり聞 きながら、様々な問題に取り組んでまいりたいと思います。
 この度の総選挙は全国的には自民党の圧勝でありましたが、北海道において比例区は現 状を維持できたものの、選挙区では議席を減らし12のうち4議席しかとることが出来な かった。執行部の責任も重いものがあるだろう。
道内12選挙区の総得票は
自民党  1,434,994
民主党  1,451,165 となり、
僅か16,169の差しかなかった。
 全国の落選者の高惜敗率で上位6人のうち5人を北海道の自民候補が占めるなど僅差で争 い負けるなど、長引く北海道の不況、失業者の多い現状に、地方に厳しい小泉改革への批 判や、10区対策に道連幹部が多くの時間を費やさざるをえなかったことなどが理由と考え られる。
 又、道6区は今回の選挙はコスタリカ方式で臨んだ金田英行候補は本当に残念な事に惜敗 率98.08%・わずか2600票差で悔し涙を呑んだ。振り返ればさまざまな要因がある と思うし、非常につらい事ではあるが現実として、今はこの結果を受け入れざるを得ない。 金田先生の分までしっかり頑張っていこうと思う。
 金田英行先生の捲土重来を期するものであります。

2)本日、札幌で挨拶廻り。北農中央会へお邪魔した際、北海道で農業に熱心であった代 議士がこの度の選挙で少なくなってしまい、特に稲作地帯は今津一人になったので、今後 はしっかり農政を!との発破をかけられ、改めて自分の立場を考えたとき、これまでも当 然しっかり取り組んできたが、今まで以上に農業に力を入れなければと決意した。
 国土交通省北海道局を訪問、局長と士別-名寄-稚内間の高規格道、国の旭川合同庁舎 について意見交換。
 北海道防衛施設局を訪問、旭川駐屯地に建設予定の北鎮記念館について局長、建設部長 と意見交換。
 経済産業省北海道局を訪問、局長と北海道経済の振興とりわけ第一産業と資本の連携に よる二次加工等について意見交換。

3)21日から特別国会が始まる。郵政改革法案と同時に防衛庁管轄では、インド洋で給 油作業をする、テロ対策特別措置法の延長も法案として提出が決まった。国民の関心もあ り、心を引き締めて国会の審議に望まなければと気を引き締める。

当選4期を果たすことが出来た私はもはや若手ではないし甘えは許されない。中堅として 外交・安全保障のみならず、農業、憲法、教育等のあらゆる分野においても努力していか なければならない。北海道においては道連会長代行として、先ず北海道経済の活性化を図 ると同時に、知事選・札幌市長選などの選挙で「いかにして勝つ体制を創るか」が重要課 題である。道6区では2分の1から1分の1になった責任の重さを感じながらしっかり頑 張っていく決意である。

2005年5月10日(日)

駐日王毅中国大使の講演
― アジアにおける共同体の形成に向けて ―
講演内容と私の所感

 すでに大きく報道されているが4月27日(水)午前8時、自民党本部702号室に於いて「アジアにおける共同体の形成に向けて」のテーマで王毅駐日中国大使の講演があった。
 反日デモ、日本商品の不買運動、わが国領事館に投石騒動など、日中間に於いて緊張感漂う中で、胡錦涛、小泉両首脳会談が行われた直後のタイミングだけに、会場の702号室はびっしりの議員によって埋められた。

 大使は講演のなかで、
・ 中国と日本は兄弟だから、離れたくても離れられない隣人であり、これから良い関係を築いていくべきだ。

・ アジアは世界の人口の32%、GDPの21%、貿易額は26%に達し、アセアン及び東アジアの発展の鍵は中国と日本の二国如何にかかっているだけに日中関係は重要である。

・ 1997年の10+3が今や17に増え、48の対話システムが構築されたなどの具体的な数字を挙げながら東アジア共同体を今後作って行くべきだ。

その為には

 1) 経済交流
 2) アセアン
 3) 平等な対話
 →が必要

・ 日本は頭脳と経済力に優れるが、中国は他の国との良い関係、マーケット性、そして、労働力などに特色があり、脅威ではではなく、お互いのパートナーシップが不可欠。

・ 東アジアにおいても、日中韓の3ヶ国が経済の90%、人口の80%を占め、10+日本、10+中国、10+韓国の三つの10+1が大事。
 しかし、この日中韓の3国は環境、観光、文化交流等では上手くいっているが、FTA、エネルギー産業などではまだまだ努力の余地がある。
最後に
日本と中国の関係において
1.72年 共同声明での戦後処理
2.78年 72年共同声明を法文化し、覇権主義に反対。
3.98年 江沢民-小渕会談で共同宣言。日中は2000年以上の交流があり、 未来志向で平和と発展の為に素晴らしい宣言であった。

と締めくくった。

その後、日本側議員から王大使にきたんのない意見、質問があった。

1) 靖国問題について
75年~85年中曽根総裁参拝までは日本が発表しなかったこともあり、中国側はあまり知らなかった。ごく少数の指導者に戦争責任があり、一般 の日本国民も被害者。日本の文化は他国の人にはなかなか解らない。橋本総理は身内の遺族をお参りしたが、抗議を受けて、その後に止めた。参拝自体をダメだと言っているのではない。せめて、総理、官房長官、外務大臣の三人については参拝をするべきではないと言っている。

2) 教科書問題について
ようやく不自由なく食べることが出来るようになった今、はじめて歴史を検証し始めた。日本の教科書が検定制なのは、中国人には解っていない。

3) 反日デモ、投石
われわれは行動で証明する。42名を拘束し、17名を逮捕した。明日には判決が出るはず。中国在日大使館も40数回のペンキや火炎瓶などの被害を受けたが、 本国には伝えていない。日本はこのことについてどう対処しようとしているのか、又、何故に多くの若者が街へ出るのかを受け止めて欲しい。

4) 北朝鮮に対する経済制裁について
日本と北朝鮮の二国間の問題だと認識している。

5) 東シナ海・海洋調査について
中国は沖縄トラストを、日本は200カイリで中間線を、それぞれ主張し、境界線が今だ確定しておらず、係争中にもかかわらず、日本は実力でコントロールしている。境界線が確定しているのであれば、事前通 告する。それでも遠慮して域内で作業しているのだ。冷静になって海洋法のもとで協議するべき。

6) 日本の安保理常任理事国入りについて
中国には新聞が5000以上、TVは300ある。今や政府のコントロールは利かない。賛成か否かは全人代で決定するので、日本は国民レベル信頼を築くよう努力するべき。

7) 不法滞在、犯罪ついて
中国人留学生は学費のい為にアルバイトをして生活。足りなくて犯罪に走る者もいる。貧しい若い人に援助をするシステムを。 日中間における私見 中国は世界第1位の人口を持ち王大使でも講演で触れているように、マーケットについては限りない魅力を持っている。 今や日米の総輸出・輸入の総額は20兆超であるが日中は22兆2000億にも達している。核を始めとする北朝鮮の諸問題にも大きな影響力を持っている。この様な背景の上での大使の講演であった。

歯に衣を着せない厳しい質問にも、一生懸命に応える大使は私に,
1) 中国人であることにあることに誇りを持っている。
2) 大使には日中間の難しい問題をなんとしても解決したいという気持ちがある
3) われわれ政治家も筋を通して自国の主張をすることは勿論大切であるが、同時に他国の立場に立って考えてみる事も必要ではないか、と感じさせた。

古くから大使と旧知である私は、大使に日中のかけ橋となるべく頑張ってほしいとエールを送ります。 私は当然日本国の政治家としてわが国の主張を堂々と貫いていくことはいうまでもありません。

2005年4月20日(水)
自民党道連会長代行就任にあたっての経過報告

 3月18日自民党本部にて北海道代議士会に開かれました。
 清水道連幹事長より、4月16日に行われる道連大会について説明があり、その後人事について武部自民党幹事長より、道連会長経験者の意見集約の結果 説明があり、橋本聖子道連会長の続投が決定致しました。同時にこの2年間にはあらゆる選挙があり、必ず勝利しなければならない。その為には、全道を走り回ることが出来、しかも道議会議員を経験し、道議の方々とも親しい私に道連会長代行にとの推薦があり、全会一致で決議されました。
 私にとっても全く予期せぬ突然の指名であり、しかも後援会の方々との相談もないなかでのお話しでありました。
 その後、3月27日私の連合後援会緊急役員会において、「今まで以上に地元に戻ってこれなくなるだろう。しかし、地元は後援会みんなで守る。安心して国のため、北海道のため働いて欲しい。」と、満場一致で暖かい拍手を頂きました。
 私は7年ぶりの国政復帰直後に与えられた防衛庁副長官に加えて、党道連会長代行の大役は私の力量 からいっても非常に重すぎるものと充分に承知をしながら、今、低迷する愛する北海道の為に私が少しでもお役に立つのであれば、たじろぐべきではないと思い、引き受けることを決意し、4月16日道連大会において正式に決定致しました。
 任期2年の新執行部は平成19年4月の知事選や道議選を仕切り、同年7月の参院選、11月に任期満了となる衆院選の態勢を整える重責を担うこととなりますが、北海道代議士会とともに橋本会長をしっかりと支え、また自民党道議会議員とも連携を取りながら、道内における自由民主党の党勢拡大の為、鋭意努力してまいる所存でございますので、今後とも変わらぬ ご指導の程、宜しくお願い申し上げます。

2005年2月7日(月)

スマトラ沖大地震及びインド洋津波被害の現地視察報告

 昨年末、インド洋沖で地震と津波が発生、かって経験のない犠牲者約28万人(行方不明者含)規模の被害を出し、我が国も多くの尊い犠牲者を出した。
 私は防衛庁副長官として2月4日(金)夕方、成田空港を出発、バンコクに一泊、6日までの日程で、タイのウタパオ海軍基地、インドネシアのバンダ・アチェを訪れ、現地で活動する自衛隊員の活動を視察し、激励をした。


浸水した沿岸部地域


浸水した街

 目的は
・ タイ・インドネシア両国の今災害による多くの犠牲者に対しお見舞を申し上げる。
・ 両国で国際緊急援助活動を展開する陸・海・空そして今般初めて試みられる統合連絡調整にあたる自衛官の活動状況を視察して激励する。
・ 我が国自衛隊とUNOCHA、NGO等の国際機関や米軍を始めとする各国軍隊との連携調整のあり方を視察する。
・ 自衛隊に対する被災国、とりわけインドネシア政府のわが国に対するニーズと、自衛隊の活動期間を見極める。 等である。

 国会開会中でもあり、非常にハードな日程であったが、隊員とともに護衛艦「くにさき」に泊まり、隊員と意見を交換するとともに、友好国の災害に対してどう支援を展開するかをつぶさに視察し、有意義であった。米軍は災害直後、空母リンカーンをバンダ・アチェ沖に配置、最大で18000人規模でタイ・インドネシアスマトラ等、広範囲で救出・緊急活動を行った。

 CSF(連合支援軍、コンバインド・サポート・フォース)のブラックマン中将は 支援には
・ 緊急(EMERGENCY)STAGE
・ 復旧(REHABILITATION)STAGE
・ 復興(RE-CONSTRATION)STAGE
があり、米軍の役割は緊急援助に限られ、その役目はほぼ終えた。復旧、復興を支援する予算がないと近く撤去する旨の話しがあった。又、CCC(コンバインド・コーデネーション・センター)も同時に撤去するとのことで、以後は例えば、日本とタイ国というように二国間で協議しながら支援活動を続けることになるだろうとの見解を示した。ブラックマン中将はアメリカ在沖縄の海兵隊の司令官でもあり、昨年暮れ、市ヶ谷の副長官室に尋ねてくれたこともあり、腹を割った話が出来た。


CSF-536司令官ブラックマン中将

 又、タイ国ウタパオ海軍基地司令官ニッコム少将は、日本のたかなみを始め、海上自衛隊が、インド洋でのテロ対策支援の帰路、被害者の遺体収集を他国に先駆けて、いち早く展開した事に対する厚い謝辞があり、米軍撤収後も自衛隊は基地を充分に活用して欲しい旨の話があった。
 ちなみにウタパオ基地はベトナム戦争での米軍の重要な基地の役割も果 たした。


タイ海軍ウタパオ基地指令ニッコム少将


統合連絡調整所にて米軍より報告を受ける

 インドネシアのバンダアチェ津波の高さは35m以上もあり、海岸線より4km以上も被害を受け、未だに家屋の復旧も手が付けられず、人々は仮説のテントで寝起きしている。

 我が国はここで、防疫、医療活動さらに航空輸送支援を行っている。マラリア等の二次災害の恐れが懸念されたが、今のところ最悪の事態を回避出来ているのは、我が国の防疫作業の効果 がたぶん大きかったのではと思われる。
 又、現地のニーズと今後の活動期間に関しては、インドネシア災害復興軍司令バンバン小将やUNOCHAのジェスパー代表等の話を統合すると、確かにインドネシア政府には他国軍の支援は地震発生後三ヶ月が一応のメドという発言もあったが、災害の規模が大きいだけに即応能力がある自衛隊には引き続き支援して欲しい。特に道路や学校の修復や学校を復活させる為の機材のLCACによる輸送に大きな期待をするとのこと。
 私は現地での取材記者のインタビューに「不幸にも神戸や新潟での災害を経験した我が国は復興への能力を持っているし、被災の痛みもよく解る。同じアジアの一員として、法による制限があるにしても、ニーズがある限り出来るだけ支援を続行すべきだ。帰国してから大臣等幹部と相談する。」と答えた。


インドネシア軍アチェ災害対策本部長バンバン少将



国連人道問題調整事務所ジェスパー代表

夜は護衛艦「くにさき」に泊る。
 艦には4つ星の副長官旗が日の丸とともにインド洋の風になびいている。
 ドイツやフランスの艦船がすぐそばに見える。
 白い米国の病院船も遠くに見える。
 6日朝、まだ暗い6時前に「副長官、食事の用意が出来ました」と若い隊員の声。気がつけばすでに甲版では医療、防疫支援の陸自隊員を輸送するCH47の点検、準備が始まっている。


三枚の旗の中央が副長官旗


輸送艦「くにさき」にて

 6時45分より甲板で副長官訓示。
 私は自己紹介のあと視察の目的を述べ、「私は日本の自衛隊は武士道のやさしい心を持った実力組織。諸君の活動は誰もがおおきな評価をしている。身体に気をつけて頑張って欲しい。」と訓示し、激励をした。
 8時、CH47でバンダ・アチェに戻り、医療チームの支援を状況視察、激励。ほんとうに多くの市民が誠意のこもった治療を受けている。その後、被災地に足を運んだがTVで観たそのままの手つかずの状態。1~2の例外を除いて全く残骸を片づけるそぶりが見えないのは一体どうしたことか。 そういえばバンダ・アチェの街のなかはゴミに埋れて生活しているような光景。さらにいたるところで、ただ、何もすることもなくたむろしている人々を観れば、国民性なのかとも感じてしまう。


各地で活躍中の自衛隊を激励させていただく


バンダ・アチェで医療活動に従事する自衛隊

 日本の5億ドルを始め、実に多くのの支援があるはずなのに、そのお金を使って早く復興作業をしたらよいのにと・・・・・・・・。
 国連がもっと積極的に調整の役割を果たし、何よりも被災国自らの復興への意欲を示し、そしてNGO、国際赤十字機関などがサポートする、その時を心待ちにしている。

帰路那覇空港へ向うタイ上空、空自U4機上にて

2005年2月4日(金)
補正予算が成立し、2月2日(水)より予算委員会が始まった。
平成17年、84兆円のわが国の予算について白熱した議論が交わされる。
総理は勿論全大臣出席のもとで、TVカメラがまわり、いやがうえにも盛り上がる。
小泉総裁は郵政改革に力を入れるが、国民が早期実現を求めている政策課題は
1.「年金・福祉制度改革」(76.1%)
2.「景気・雇用対策」   (69・7%)
3.「治安・災害対策」   (51.8%)
などが上位を占め、郵政民営化については25.7%で8位であった。
総理の意気込みと国民のズレが気になる。これほど離れていたとは...。
旧橋本派と日本歯科医師会、いわゆる政治とカネの問題で野党民主党が政府を攻めれば、自民党も旧自由党の政党助成金の収支問題や、山梨教職員組合の選挙の関わり等について激しく応酬。
3日(木)には私も質問をうけた。
「旧橋本グループの一員として、いわゆるモチ代、氷代を受け取っているか。 届出がだされているか。今津防衛副長官に問う。」との民主党議員からの質問。
安全保障委員会やイラク特委などでは大臣に代わって、幾度と答弁をしているが、予算委員会の総括での答弁は初めて。 きっぱりと「法に沿って届出をして、適正に処理をしている。」と答えた。 それにしても一日、7時間~7時間半も座りっぱなしはやはり疲れる。
今日(4日)夕刻より、タイ・バンコック経由でウタパオ、そしてインドネシアのバンダ・アチェを訪れる。
スマトラ沖地震、インド洋沖津波による被害の復旧と被害者の医療支援等に活躍する陸・海・空の三自衛隊の活躍の模様を視察するとともに現地の国連、米軍、インドネシア政府、軍の司令官とも直接対談、支援の内容、方法、期間等について協議する為だ。
身体に気をつけて、しっかりと役目を果さなければいけない。