ヒロシイズム
今津ひろしによる、活動日誌

2003年11月19日(水)

2003年
11月10日(月)

2003年
10月27日(月)


2003年
10月25日(土)

2003年
10月15日(水)

2003年
10月10日(金)

2003年
10月05日(日)

 

 

 11月19日(水)


 「初登院させていただきました」

○9時40分次男の寛介と共に初登院の手続きに衆議院へ参りました。
 地元TV局2局のインタビュー 「7年ぶりに復帰ですが今の心境は?」の問いに 「ほんとうに7年振りだなぁ」と思うと感無量になりました。
 平成2年初当選のときは朝5時より  秘書の国崎君、故渡辺雅史旭川市議と共に一番乗りを果 たし 「やる気」をみせたが、今回は落ち着いてはいるが違った意味で 「さぁ、やるぞ!」  闘志を胸に秘めての初登院でした。

○13時からの本会議。
 議長と副議長を選出し、首班指名では  記名投票用紙に「小泉純一郎」と書く。
 思えば平成6年、村山富市氏首相候補に反発、党規違反をし「海部俊樹」と書いて離党して以来続いた困難の日々。 今懐かしく振り返るまい。
 「旭川・上川を変えたいと思うんです」と必死に訴えたあの姿勢をいつまでもいつまでも  持ち続け頑張っていこう。
 今日から新しい今津ひろしのスタートだ。

衆議院議員 今津 寛

 

 11月10日(月)


 「暖かいご支援本当にありがとうございました」 みなさん本当にありがとうございました。 おかげ様で7年ぶりに国政に戻していただきました。 「112、270票」 大変ありがたいお気持ちを頂きました。 貴重なお時間をさいて応援してくださったあなた様はじめ、 お一人お一人の気持ちに心から感謝しております。「おかげ様」この言葉の持つ意味を私は誰よりも分かっています。 初心に返り、愛する日本、愛する郷土のために頑張ることを改めてお誓いいたしま す。 選挙期間中訴えてきた、私の「想い」を、 そして、皆様の故郷に対する「想い」をしっかりと受け止め、 国会の場で、皆様の代表として、体を張って頑張り抜く決意です。 7年間、本当にたくさんの方に支えていただきました、7年間、様々なことをみなさんに教えていただきました。 働きたくて、働きたくて、仕方ありませんでした。充電完了!これからはフルパワーで走り続けます。 今後とも相変わらずの叱咤激励を賜りますよう心からお願い申し上げます。

今津ひろし

 

 10月27日(月)


 今、戦いの前夜。いよいよ明日から「自民党」のたすきをかけて、戦いが始まる。必ず勝つ!!の信念で、堂々と自分のこの愛する日本、愛する郷土に対する-想い-を一人でも多くの方に伝えよう。
 自分がどれだけ頑張れるかが、この郷土の将来に多くの影響を与えるだけに、赤穂浪士の討ち入前夜のような、巌流島の決闘前夜の武蔵のような緊張感。この緊張感は今まで何度味わってきただろうか。今、私は今までの自分の努力の成果 を信じ、そして故郷を愛する方々のお気持ちを信じよう。
 
 今、この日本には、今、この故郷には私、今津ひろしが求められていると確信する。今、メークドラマの幕が開けられた。

 今、私は思う。政治を志して以来、そして浪人中の7年間お世話になってきたお一人お一人の顔を思い浮かべる時、こんなにも支えてくださる方々がいる。こんなにも背中を押してくれる方々がいる。私は幸せ者だ。皆さんに私の運命を全てお任せし、全力で頑張ります。
 きっと拍手と、うれし涙と、みんなの笑顔があふれる事を信じて。

 

 10月25日(土)


 平成2年、はじめて国政を目指した当時、私はまだ42才でした。今回と同じ旭川市民文化会館で連合後援会総決起大会を開催させていただきました。今回、その時と同じ壇上に立ち、会場を見渡し、あの時の光景を非常に懐かしくそして鮮明に思い出しました。土のにおい、お年寄りの杖、ラベンダーの香り 、女性の目、働く手のしわ、木のぬくもり。「あの時と同じだ。みんなまた来てくれたんだ、ありがとう。」
 あれから13年、「生まれ変わって、今度こそ」全てをかけて私は挑みます。
 57歳。13年前の気持ちに戻って。

今津ひろし

 

 10月15日(水)


 みなさん元気ですか。今津ひろしです。一生懸命がんばっています
 昨日は旭川市内の神楽地方でお茶の間懇談会を開催し出席者の方々と握手をする手も思わず力が入ってきます。
 事務所もだんだん活気が溢れてきて、今までの事務所とは違い、若い経済人、そして青年、女性の方々の応援が前回にも増して多いことが感じられます。旭川を中心とする道北の将来を本気で心配しているのでしょう。私の話を聞いて「ぜひ手伝いたい」というボランティアの人が多いことも今回の特徴です。
 
 さて私は、9月28日の旭川選対本部をかわきりに、10月7日の名寄ブロック、10月11日の富良野ブロック、10月12日の上川中央ブロック、10月13日の士別 ブロックと、これで全ての市町村で選対事務所開きを終えました。
 金田代議士はもちろん加藤(唯)(名寄市選出)、加藤(礼)(旭川市選出)、竹内(上川管内)本間(富良野市選出)、田淵(上川管内選出)、菅原(旭川市選出)道議に応援され激励いただいたのも心強い限りです。

 少し残念なのは、愛犬「アトム」と一緒にいれる時間が全くなくなったことです。
 夜中に帰宅しても必ず玄関の所で私の帰りをじっと待っていて、私に飛びついてくるアトム。嬉しいけど、やっぱり可愛いそうだなと思います。

 
 
  丁度1年前の10月15日は5人の拉致被害者の帰国した日です。しかし未だに北朝鮮に残した家族との再開すら全くめどがついていません。
 中央大学同窓生の機関紙「ちゅうおう」で、拉致被害者の蓮池薫さん(中央大同窓生)の手紙がのっていました。紹介いたします。

 この手紙にも書かれていますが、わが国政府は25年間一体何をやっていたのでしょう。女性週刊誌によると、横田めぐみさんの双子の弟さんが、5人の被害者が生きて帰国した際、横田さんのご家族に地村さんや蓮池さんのご家族から「生きていてごめんなさい」との言葉があったとのことです。
 辛い話です。
 私は国会に復帰出来たら、この拉致問題、ご家族の思いをしっかり受け止め「日本人とは」という問いからしっかり頑張りたいと決意をいたしています。

今津ひろし

 

 10月10日(金)


 本日、ご覧の通り、衆議院は解散致しました。 三年前、平成十二年、春の選挙に於いて暖かいご支援をいただいたにもかかわらず、 私の非才の為に目的は達成できませんでした。言葉ではとても言い尽くせぬ 程、多くの方々に励ましを頂き、支えていただいたおかげで、今日に至っています。心から感謝申し上げます。 「子供たちの子供たちの子供たちのため、やらなきゃならない事はたくさんある。よし、がんばるぞ!」 固く決意しています。

今津ひろし

 

 10月5日(日)


 皆さんお元気ですか、今津ひろしです。
 本日、札幌で自民党道連主催の政経セミナーが開催されました。挨拶に立った高橋はるみ道知事は「国民、道民の期待に応えていけるのは、実績ある自民党以外にはないと確信している。」と、きっぱり自民党支持を明言。大きな拍手を浴びました。
 各種世論調査でも、閣僚経験のない安倍晋三代議士を幹事長に抜てきした人事が、自民党が新しく変わっていく胎動がはっきり聞こえると国民の支持が拡大してきており、総選挙以降「自民党中心の政権」が出来ると予想する国民が60%を超える状態です。
 いよいよ解散もせまり、私も7年の浪人活動に終止符を打ち、国政に参画し「愛する日本、愛する郷土のために」仕事をさせていただくチャンスがようやく到来しました。
 堂々とこの国の発展に対する想いを訴えていこう。この試練を乗り越えれば「苦しくても、頑張りぬ けば、夢をつかむことが出来るんだ」と決してくじけない、決してあきらめないというこの気持ちを日本を担う子供達に持ってもらう為にも、全力で頑張って参ります。

今津ひろし