12月10日 [寛史]

 11月初旬の新聞等の見出しに「大綱財務省案現行定数より4万人削減」「道内陸自定数3万人減、一師団体制へ」と報道されたことを発端に、副長官室、会館には選挙区にのみならず、道内自衛隊関係者からの問い合わせや面 会依頼が後を絶たず、対応に追われた一ヶ月間であった。都合4、5回に及ぶ自民党道代議士会では駐屯地を抱える数十の自治体の首長が顔を紅潮させながら、切実な地域財政の現状を訴え、それを受けて、自民党道内選出の各議員は財務省に対抗しうる方法を模索し、関係部会では積極的に発言を繰り返し、道代議士会としても与党安全保障PT等に頻繁に申し入れを行う。一連の動きのなかでも、やはり北海道選出議員の中では防衛庁副長官の任に付く代議士に対する期待は大きいが、政府の一員であるがゆえに北海道に限定した要望の先頭に立つことは立場上難しい。だからといって、それを言い訳に今津ひろしがおとなしくしているはずはない。ある日、要望活動の経過を報告するために防衛庁副長官室へ。事務方と打ち合わせをしている部屋の中から「防衛庁は最後まで戦うぞ」と代議士の声が聞こえる。部屋を出る役人ひとりひとりにも「最後まであきらめるなよ」とはっぱをかけている。私が随行した要望活動の中でよく言われた事に「北方重視から西方重視へが全体の流れ」「北海道だけ地域財政の話しをされても」等の答えが多いという状況は伝えていたが、代議士はその経過を見ながら、「陸自のマンパワー確保」という視点から真っ向から財務省に対抗する。結果 北海道の陸自定数削減を最小限に食い止めるという狙いである。札幌でもオール北海道としての集会がなんとか間に合う。防衛庁、自民党北海道代議士会、道内各自治体、自衛隊関係団体が一体となって財務省に対抗し、北海道への影響を最小限にくいとめた今回の件を通 じて私自身も多くの事を学ばせていただいた。大切なことは、どのような立場、たとえ逆境であっても何もしない為の言い訳を探すのではなく、前向きな可能性を見出し、実現することが与党政治家の職務であることを痛感した。余談ではあるが、今回の陸自定数削減問題、先の北海道新幹線開通 にいたるまでの経緯でも、道選出野党議員の存在はない。このような現状をこのレポートの中でもしっかり地元の皆様のお伝えしていかねばならないと改めて思う。

 

12月17日「道北初の防衛閣僚として地元第二師団を初視察」 [寛介]

 代議士は少し緊張している。何度も足を運んでいる地元陸上自衛隊第2師団であるが、今日は「防衛庁副長官」として公式に第二師団に部隊視察を行うからである。私は先に部隊入りし広報の方に今日の日程、写 真をとるアングルのレクチャー等を受け到着を待つ。ジープに先導され代議士が到着した。河野師団長と挨拶をし旗手申告を受け栄誉礼・儀丈にのぞむ。白い雪の中を音楽隊の演奏に合わせて、一歩一歩力強く歩く。涙こそ流さないが、代議士の顔は言葉にならない感激であふれている。軍都旭川に生まれ育ち、政治家を志した。辛苦を経験し、紆余曲折がありながらもやっと念願の副長官という立場をいただいた。
 旧2区時代を含め道北から初めての防衛閣僚である。「あぁ、このまま時が止まってしまえばいいのに・・・。」皆さんのおかげで今日を迎えられた。お世話になった方々のお顔を思い浮かべながら、今は泣けない代議士の代わりに私が泣きました。その後、慰霊公園での献花。司令部で幹部挨拶、スライドを使っての状況報告、懇談が行われ、昼食では栄養いっぱい「北鎮カレー」を頂き午後は官舎や各部隊を視察。最後に総合グランドで訓示を行いました。「副長官の今津ひろしでございます。できるだけ早く第二師団そして旭川駐屯に地にお伺いをし、ご挨拶をと思っておりましたが、残念ながら今日までその時を逸してしまいました。師団長はじめ隊員緒官に暖かいお出迎えをして頂き心から感謝申し上げます。」ゆっくりと言葉を選びながら、約2000名の隊員の皆さんを前に今日一日の感謝の気持ちと今後の国防に対する決意を挨拶させて頂きました。記念撮影し送り儀丈を受け、車に乗り込む。むこうからラッパの音が聞こえてきた。最後に正門で警衛隊の皆さんのお見送りをお受している。ラッパの音色を聞きながら、先ほどまで時が止まってしまえばいいのにと思っていたが、ハッと目が覚めたような感じがした。代議士は日本の国防という崇高な任務につき、全国約26万人自衛隊No.2として国家のために地元のために体を張って頑張っている。代議士が今まで以上に政務にまい進できるようしっかりとサポートし、私自身も秘書という立場でもっともっと地元のお役に立てるようまだまだ勉強しなければならない。日本を代表し国際貢献を行い、国民の生命と財産を守る精悍な隊員の皆さんを見て、気持ちを新たにいたしました。