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青年
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「あなた方は日本の国会議員ですか?」 |
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今津
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「そうですよ」 |
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青年
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「自衛隊は海外活動をすることは憲法で禁止されているはずですよ。自衛隊の派遣を中止させてください。」 |
| その後私達は「世界の中の日本のあるべき姿」や、自衛隊の役割や立場について論議しました。
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今津
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「君たち、選挙を妨害しようとしているポルポト派は銃を持っていて危ないんだから、
自衛隊のように充分に訓練を積んだ人でなければならないんだ。」 |
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青年
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「何を言ってるんですか。僕たちはボランティアでカンボジアのためにきてるのになぜその国の人たちが僕たちに危害を与えるんですか?自衛隊ではなくて、私たち青年が日本の名誉のために頑張ります。」 |
2時間くらい話し合ったでしょうか、結局結論は出ずに分かれました。
しかしその夜私の部屋にホテルのバーから電話があり、昼間の青年がもう一度会いたいというので、ドアをあけると昼間の青年の一人が立っていました。ビールを飲みながら彼は「昼間の話はどうしても納得できません。説明して下さいと」熱い目で私をみつめるのです。わたしは彼と視察に同行していた岡本行夫(元北米2課長)と三人で寝るのも忘れ朝まで話しをしました。
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青年
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「日本の政治家にも、真剣に日本や世界の事を考えて行動する今津さんのような方がいるんですね。帰ったら今津さんの事務所に遊びに行っていいですか?」 |
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今津
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「もちろんだ、私こそ君のような日本人の青年がいてくれる事を誇りに思う。お互い日本の名誉と世界平和のために頑張ろう。元気でな。体だけは大事にするんだよ。また会おうな」
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がっちりと抱き合って別
れました。
その青年、中田厚仁君(当時25歳)が国連ボランティアとして、UNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)の任務遂行中、現地でゲリラの凶弾に倒れたのは半年後1993(平成五年)4月8日のことでした。
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